藤村龍至の批判的工学主義を問う!(藤村龍至vs松田達)[1/5]の感想です。-[radio]- - 建築系ラジオ
出演者:武智仁志

まず、名古屋人のパワフルさと独自性に明るい未来を感じました(笑)。堅くなりがちな建築系のお話に、いきなりしょっぱなから笑い声が広がります。

そうなんです、山田さん亡きあとの建築系ラジオからは「笑い」がグッと減ってしまいましたね。でも、山田さんとはまた笑いの種類が違いますが、北川さんが盛り上げてくださいます(笑)。ビートたけしさんも真っ青の(?)爆裂リーゼント姿の建築家の方々をぜひ見たかったです。(つけられました?参加者だけが得られる楽しいひと時ですね。)あと、もちろん、シークレットゲストのナー○姿も!しかも、ピンク、しかもミ○!
・・・すみません、取り乱してしまいました。

えーっと、気を取り直して・・・。
どうやら今までの趣向と違って、バトル形式のようですね。お相手は、建築系ラジオの松田さん!この形式が流行れば、子供達に人気のカードゲームのようなものが建築系ラジオから生まれたりして・・・。あまり白熱すると、何々派なんて、派閥のようなものが生まれるとか。
でも、建築系ラジオは、内輪で固めないのが良いところでして、様々な意見を持った人達が集まって常に批評しあえる場所を提供しつつあるので、もっと広がっていけばいいなと思います。


■藤村龍至さん

今回のメイン出演者である藤村さんの印象は、「礼儀正しい知的な人」です。まずご挨拶をいただきました。恐縮します。それから、藤村さんの他の建築系ラジオのコンテンツをお聞きになられた方は分かると思いますが、マシンガンのようなトークをされる方ですので、藤村さん自ら、3ヶ条をいただきました。これから、このコンテンツを聞かれる皆様、藤村さんの講演を聞かれる皆様のために、先走ってメモしちゃいます。
それは、

1.メモをとりながら聞いて欲しい
  議論が分かりやすくなる
2.質問は考えながら聞いて欲しい
  後でよくある質問ばかりしてしまうから
3.最後まで残る(コンテンツでは最後まで聞く)
  終わった後が重要

だそうです。
メモをとるのは、講演会に行くと毎回とるのですが、藤村さんのコンテンツは、建築系ラジオで聞き直しても追いつかないですもん・・・。

でも、藤村さんは、要点をまとめてトークされています。だいたい、3つのポイントを伝えてから、具体例を挙げられています。プレゼンを聞く側も、心構えがしやすい手法ですね。勉強になります。


■批判的工学主義とアーキテクト2.0

藤村さんが、「批判的工学主義」を唱える背景に、育った環境が大きいことが分かりましたね。住んでいた場所、1990年代の時代背景、建築家を脅す社会学者の存在(笑)。建築家としてこれからやっていこうかという時にこれだけ重なると、深読みせずにはいられないですね。これらの環境が藤村さんの感性を鍛えたのですね。

不動産やマンション、集合住宅は、建築ではない、芸術ではないという空気に違和感があるというセリフが印象的でした。風景を濃密にしたいというお話の裏返し的な言い回しですね。批判的工学主義が面白いのは、相反する内容が同時存在できることを目指しているところです。経済も含めて、すべてのものを建築の環境条件として捉え、どちらに偏ることもなく設計を進めようということですね。「批判的工学主義」では、建築の存在は後からついてくる事実として捉えていて、設計手法としての宣言ではないかと思います。今のところ、成果物である建築が「純粋機能主義」や「反機能主義」と大きく違っている実感は無い気がします。メタボリズムとくらべると得られた建築の形態が素人目に違いが分かりにくいかもしれませんね。だからこそ人間が生活を営む背景としての建築になり、受け入れやすい存在になり得るのかもしれません。

また、匿名的に無批判的に社会の動きに従う設計手法と、似たような設計期間と条件とコストで正確に建築を再構成できなければ建築家が都市で建築をつくる意味をみいだせないともおっしゃっていました。建築家が求める理想と現実。建築家として生きていく時に逃れようも無い大きな問題です。生きていかなければならないですからね。

ここまでは、以前に建築系ラジオで紹介された本『「新しい郊外」の家』を書かれた馬場正尊さんが実践されていることと共通点があるような気がします。不動産業務も設計に取り込み、施主が一番気にするローン問題、生活拠点と建築の関係を積極的に設計業務に取り入れられています。

ここからが、「批判的工学主義」の特徴です。
「単純に反復される建築の希薄感に抵抗」するためには、その反復スピードを超えた上でより良い建築を構築していかなければならないですよね。そこで、藤村さんは3つの現象を発見され、それらの定義をされています。

1.建築の形態はデータベースに従って自動的に設計される。
2.人々の振る舞いは建築の形態によってコントロールされる。
3.ゆえに建築がデータベースと人々の振る舞いの間に位置づけられる。


ということは、建築とは、データベースを可視化したものであって、ただの仲介者ということでしょうか?プログラムではなくて、データベースというところがミソで、反復性をはらんでいますが、つまり、データを複雑に組み合わせることによって新しい建築をつくろうとしているのですね。アルゴリズム的手法のような、量によって質を得る手法でしょうか。

でも、データベースって、成果物として存在しているものですよね。そのデータベースはどうやってつくられるのかが重要です。それは、歴史とか、経験とかに頼らざるを得ない気がします。(どちらも大切です。歴史を認識して再解釈すると新しい視点が発見できるのですね。歴史を鵜呑みにしない。勉強になります。)あーでも、ワンちゃんを数代交配を繰り返して新種をつくるように、より多くのデータベースによって新しい成果を得られるのかもしれません。結局、アトリエ派も設計者の頭の中のデータベースを掛け合わせて新しい成果を生み出しているのでしょう。その結果、進化が起こると。

んっ?アトリエ派がアルゴリズミック的な手法を使えばそれは、「批判的工学主義」を実践していることになるのでしょうか?それは、つまり「アーキテクト2.0」の存在になると。

ゼネコンや大手設計事務所もデータベースを多く持っていると思うのですが、なぜ大手と同じデータベースを使う「批判的工学主義」がそれらと違うのかは、今後のシリーズ配信で次第に明らかになってくるのかもしれませんね。
今後の配信が楽しみです!

・関連項目
藤村龍至の批判的工学主義を問う!(藤村龍至vs松田達)[1/5]
(2010年6月23日公開)

連載紹介

建築系ラジオのリスナーによる感想コーナーです。 気になってるけど、まだ聞いていないコンテンツの概要を知りたい場合に参考でどうぞ。感想文のリクエストがあれば、お答えいたします(笑)。
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