震災で思う事 - 建築系ラジオ

震災で思う事

出演者:武智仁志


プレートがぶつかり合う日本において、災害に気をつかえない生き方はかなり危険だと認識させられた今回の震災。
かつて、同じ地に津波が来てつらい目にあったのに、なぜ同じ土地に人々が住まなくてはならなかったのかという疑問があります。人間は、地球上で賢い動物と思い込んでいましたが、争い事の結果や、自然災害に対する経験を生かしきれない歴史をみると、そうでもないもんだと感じずにはいられません。

なにが原因なんだろう。

やっぱり、現代人の価値観が狂ってきているのでしょうか。すべては「お金」です。いや、大事な存在だし、ブツブツ交換を立替えてくれる便利なしくみなのは理解できます。でも、ほとんどの人は、これをより多く得るために、寝る間も惜しんで働いています。電気は便利です。暗くなっても働けますから。各個人の意識はそうではないと言う人もいるでしょう。でも、企業の基本は、儲ける事。前年度と比べていくら儲けたかに腐心しています。やっぱり、このしくみに取り憑かれています。従業員がより良い生活を送れるようにと呪文を唱えながら。

いや待てよ、と思わされたのが、災害の度に建てられる「仮設住宅」。早ければいいんです。お金がかからないから。でも、仮設住宅に入っている自分を想像すると、状況がよくなっていると諸手を挙げて喜べないと思います。家を失った野宿同然の環境と、見慣れた生活環境に似た仮設住宅を比べると、そりゃあ、外からみると改善しているように見えます。

でも、それは、支援者側が一段落つけるための手段に過ぎない。俺はやったよ、良いことをしたよと言い聞かせるために。仮設住宅に住む事になった方たちは、ふるさとを失い、家族も失い、住む家や仕事がないから、またローンを組んであくせくと働かざるを得ない。国は助けると言いますが、結果的に税金をあげる方法しか思いつかない。いや、国も大変な事は分かります。助け合わなければ良くならないことも分かります。

言いたい事は、お金が基準になって、安易な手段をとりやすい体質になっているような気がするんです。日本は。

住まいって、そもそも、他人に任せっきりで建てていいもんなのかなあと思います。建築を目指している僕が言うのもなんですが、住宅メーカーや、建築家に自分の住まいを任せっきりでいいのだろうかと。しかも、ローンというお金を吸い取る掃除機のようなしくみで当たり前に購入をします。で、ローンを返し終わる頃には、体は老いで動けなくなり、家もボロボロ。他人に建ててもらったから、なにをどうさわれば家を修理できるかが分からない。で、また専門家に頼んでお金を払う。でも、働ける年齢を過ぎているから、まず、建て替えなどは難しかったりします。どう考えても、お金にいいように操られているとしか思えません。

じゃあ、どうすれば良いか。
これから書く事は、常識的な頭の良い方達から鼻で笑われるかもしれませんが、とにかく、思ったことを書いてみます。

かつての日本の主な住まいであった、地域の人々の技術が集結した民家。民家の作り方は、電気の消費を見直そうとしている日本のこれからの住まいに大きなヒントを与えてくれると思います。日本の環境にあった工夫の積み重ねは継承して、それを続けることでさらにより良い家になります。お金を出すのではなくて、近所の人どうしがそれぞれの知識を持ち寄って、お互い様で文字通り家をつくるのです。

今では、近所にそんなおじさん達いないでしょ。そうなんですよね。しかも、歴史的に継承していないから、もう知識がゼロになってしまっています。無理矢理やっても日曜大工の延長になってしまう。そこで、教育から見直そうという話が出てきます。人が生きていくのに住まいは、必ず必要です。なのに、専門家ではない人(ほとんどの人)は、住まいに関する知識がありません。これって、本当は異常な事ですよ。必要なのですよ、住まいは。なのに知識が一切無い。ビーバーだって、自分で家を作れます。賢すぎる人間は、効率(お金)を求めて、住まいさえも他人に委ねてしまった。

災害国日本では、建築に関する知識を義務教育から叩き込んでおく必要があると思います。たとえ、既存の建築家という職業がなくなるとしても。(家族単位の住まいは扱わなくなるというだけだと思いますが。)家をつくるのに、お金を払うのではなくて、自分が作った野菜をお裾分けするかのように、家づくりを手伝うという環境。車の免許を当たり前に取るように、建築関係の免許をとる環境。これが実現すれば、じれったい市役所の専門家の都市計画を待つ事無く、自分達で計画が立てられるし、仮設という突貫工事の手順を踏む事無く迅速に動けるようになるのではないかと思います。誤解を恐れずに言えば、本当は、自分を守れるのは自分達しかいないです。

日本国憲法第25条で、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。』と言っています。でも、実際は、ある程度は補助するけど、もう一度ローン組んで家を買い直してねと言っています。根本的な生活を営むのに必要な家を自分達の手でつくりあげることが出来なくなっている国民は、実は、お金を生み出す道具と化しているかのようです。家電頼みの生活もそうです。結局は、高気密、高断熱と繰り返し脳裏にすり込まれていて、電気が絶対必要な生活の仕方が当たり前だと植え付けられているのです。少し前まで、冷蔵庫さえも電気レスでしたからね。地震国日本は、たった一つの手段を持つのではなく、あらゆる他の手段も用意しておくべきでしょう。

被災地の方は、市や県の計画を待つのはじれったくて、自力で危険な地域に店を再会させた方も多くいると、報道で聞きました。知識があれば、正確な判断と行動力が伴うのではないか、近所で助け合える環境になりやすいのではないかと考えます。自分達で行動ができるようになれば、家の再ローン問題と、無職状態の問題がある程度改善されると思います。しかも、消滅しつつある近所付き合いも、普段から協力し合うことで復活します。やっぱりおかしいんですよ、仕事に忙殺されて、家族と一緒にいられなかったり、ご近所とも付き合いができないなんて。電気不足問題も、「夜は暗いから仕事はできない」という当たり前の日常になれば、自殺者の問題も減るかもしれません。これら、書いていることは、大げさに希望的観測に寄っていっているかもしれません。でも、お金の価値以外の価値を認めて、実践できる社会が実現できたら、なんだか幸せそうな気がするのです。いい歳のおっさんがこんな事を考えるのは、あまいですか?

考えるだけでは、ただの思考ゲームでしかないですが、いつの日か行動を起こせるよう様々な準備をすることは大切ではないかと思います。お金と本質を、まずは分けて考えてみるとよりよい答えが返ってくるかもしれませんね。

皆さんは、今回の震災でどのような事を考えられましたか?
(2011年6月30日公開)

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